横浜F・マリノスの若手として注目を集めている三井寺眞選手。
16歳という若さでプロ契約を結んだことで、
- 三井寺眞って何者?
- 出身はどこ?
- 高校はどこに通っているの?
- 身長は何cm?
と気になった人も多いのではないでしょうか。
また、「三井寺眞」という名前を初めて見て、読み方が分からなかった人もいるかもしれません。
調べてみると、三井寺眞選手は青森県出身で、第一学院高等学校に在学。
身長は174cmで、名前の読み方は「みいでら しん」です。
さらに、中学生のころから世代別日本代表に選ばれるなど、早くから注目されてきた選手でした。
この記事では、三井寺眞選手の出身、高校、身長、読み方を中心に、小学校や中学校、これまでのサッカー経歴、プレースタイルについて分かりやすく紹介します。
※プロフィールなどは2026年8月時点で確認できる横浜F・マリノス、Jリーグ、JFA、第一学院高等学校などの公表情報をもとにしています。
スポンサーリンク三井寺眞の出身・高校・身長・読み方まとめ

三井寺眞選手の出身、高校、身長、読み方について先にまとめると、出身地は青森県、高校は第一学院高等学校、身長は174cmです。
そして、気になる名前の読み方は「みいでら しん」です。
2010年4月2日生まれで、2026年4月2日に16歳の誕生日を迎えたその日に横浜F・マリノスとプロ契約を結びました。
Jリーグ公式ではMFとして登録されており、背番号は47。体重は65kgとなっています。
まだ10代半ばということを考えると、これから身長や体格が変化する可能性もありそうですね。
ここからは、三井寺眞選手のプロフィールを一つずつ詳しく見ていきます。
三井寺眞の読み方は「みいでらしん」
三井寺眞選手の名前は、「みいでら しん」と読みます。
スポーツニュースなどでは「三井寺眞(みいでら・しん)」と読み方が紹介されています。
「三井寺」は初めて見ると、「みついでら?」「みいでら?」と迷ってしまいそうな名字ですよね。
さらに名前の「眞」には普段あまり見かけない漢字が使われているため、名前全体の読み方が気になって検索した人も多いのではないでしょうか。
Jリーグ公式では「MIIDERA Shin」と表記されています。
これからJリーグの試合や日本代表で活躍する機会が増えていけば、「三井寺眞=みいでらしん」という名前も広く知られるようになりそうです。
三井寺眞の出身は青森県
三井寺眞選手の出身地は青森県です。
横浜F・マリノスやJリーグの公式プロフィールにも、出身地は青森県と掲載されています。
小学生時代には青森県のAthletic Club 弘前でプレーしていました。
その後、中学生になると活動の場所を宮城県へ移し、FCフォーリクラッセ仙台に所属しています。
青森から仙台、さらに横浜へと活動の場所を広げながら実力を伸ばし、16歳でプロ契約までたどり着いたことになります。
最初からJリーグクラブの育成組織だけで育ってきた選手ではないところも、三井寺眞選手の経歴で興味深いポイントですね。
三井寺眞の高校は第一学院高等学校
三井寺眞選手が在学している高校は、第一学院高等学校です。
横浜F・マリノスが発表している経歴にも「横浜F・マリノスユース(第一学院高等学校)」と掲載されています。
さらに第一学院高等学校も2026年4月、三井寺眞選手を「在校生」として紹介し、横浜F・マリノスとのプロ契約を発表しています。
つまり、三井寺眞選手は高校生活を送りながらプロサッカー選手としても活動していることになります。
16歳という年齢を考えると驚きですよね。
第一学院高等学校は、その後も三井寺眞選手がU-16日本代表として国際大会で活躍したことを紹介しています。
サッカーだけでなく、学業とプロ生活を両立しながら成長していく姿にも注目が集まりそうです。
三井寺眞の身長は174cm・体重65kg
三井寺眞選手の現在の身長は174cm、体重は65kgです。
これは横浜F・マリノスおよびJリーグ公式で確認できるプロフィールです。
ネット上では三井寺眞選手について「身長172cm」と書かれている情報を見かけることもあります。
しかし、2026年7月24日更新のJリーグ公式プロフィールでは174cm・65kgとなっているため、現在の記事で紹介するならこちらの数字を参考にするのがよいでしょう。
三井寺眞選手は2010年生まれで、まだ16歳です。
成長期ということもあり、今後さらに身長や体格が変わる可能性もあります。
最新の身長を知りたい場合は、横浜F・マリノスやJリーグの公式プロフィールを確認するのが確実ですね。
三井寺眞の年齢や生年月日などプロフィール
三井寺眞選手のプロフィールをまとめると、次のようになります。
- 名前:三井寺 眞
- 読み方:みいでら しん
- 生年月日:2010年4月2日
- 年齢:16歳(2026年8月時点)
- 出身:青森県
- 身長:174cm
- 体重:65kg
- 血液型:AB型
- ポジション:MF
- 所属:横浜F・マリノス
- 背番号:47
- 高校:第一学院高等学校
- 利き足:左
2010年生まれという若さでJ1クラブとプロ契約していることに驚きますね。
横浜F・マリノスがプロ契約を発表したのは、16歳の誕生日となる2026年4月2日でした。
16歳0日でのプロ契約は、横浜F・マリノスのクラブ史上最年少です。
三井寺眞の小学校・中学校から現在まで
三井寺眞選手は青森県で育ち、小学生のころからサッカーを始めています。
横浜F・マリノス公式が公表している経歴を見ると、
- 小学生時代はAthletic Club 弘前
- 中学生時代はFCフォーリクラッセ仙台でプレー。
- その後、横浜F・マリノスユース
へ進んでいます。
スポーツ紙の報道によると、横浜F・マリノスへ進む際には20以上のJクラブが獲得を争ったとされています。
青森でサッカーを始めた少年が、どのような道を通ってプロまで進んだのでしょうか。
三井寺眞選手の小学校や中学校と合わせて、これまでの経歴を見てみましょう。
小学校は弘前市立北小学校
三井寺眞選手が通っていた小学校は弘前市立北小学校です。
これは横浜F・マリノス公式が公開している三井寺眞選手の経歴から確認できます。
小学生時代に所属していたチームは「Athletic Club 弘前」です。
青森県でサッカー選手としての第一歩を踏み出し、その後、宮城県や神奈川県へ活動の場所を広げていくことになります。
現在は横浜F・マリノスとプロ契約を結び、世代別日本代表でもプレーしている三井寺眞選手。
その原点が青森県弘前市にあったと考えると、地元のサッカーファンにとっても今後の活躍が楽しみな選手ではないでしょうか。
小学2年生からサッカーを始める
三井寺眞選手がサッカーを始めたのは小学2年生のころです。
スポニチの報道では、友人から誘われたことをきっかけにAthletic Club 弘前でサッカーを始めたと紹介されています。
16歳でプロ契約を結んだ選手と聞くと、幼いころからサッカーだけに打ち込んできたイメージを持つかもしれません。
しかし、スタートのきっかけは「友人からの誘い」だったというのは親しみを感じるエピソードですね。
そこから実力を伸ばし、中学生では県外のクラブへ。そして世代別日本代表にも選ばれる選手へ成長していきました。
中学校は仙台市立田子中学校
三井寺眞選手が通っていた中学校は仙台市立田子中学校です。
横浜F・マリノス公式プロフィールでは、FCフォーリクラッセ仙台とともに仙台市立田子中学校の名前が掲載されています。
小学生時代を青森県で過ごした三井寺眞選手は、中学年代になると宮城県仙台市へ活動の場を移したことになります。
中学時代には世代別日本代表にも選出されるなど、将来を期待される選手へ成長。
この中学時代の活躍が、横浜F・マリノスをはじめとする多くのJリーグクラブから注目されるきっかけになったと考えられます。
2-4 FCフォーリクラッセ仙台で成長
中学生時代の三井寺眞選手は、FCフォーリクラッセ仙台でプレーしていました。
横浜F・マリノス公式では、現在の名称が「フォーリクラッセTOHOKU」であることも記載されています。
そして中学年代から、三井寺眞選手は世代別日本代表にも選ばれるようになりました。
横浜F・マリノスのプロ契約発表によると、2025年にはU-15日本代表とU-16日本代表、2026年にはU-17日本代表に選出されています。
青森県のクラブから仙台へ移り、そこで力を伸ばして世代別日本代表まで進んだことになります。
プロへの大きな土台を作った時期だったと言えそうですね。
横浜F・マリノスユースへ進む
中学卒業後、三井寺眞選手は横浜F・マリノスユースへ進みました。
スポニチによると、当時は20以上のJクラブによる争奪戦になったとされています。
多くの選択肢がある中で、三井寺眞選手が選んだのが横浜F・マリノスでした。
プロ契約後の会見では、複数のクラブへ練習参加した中で、横浜F・マリノスでプロ契約をして日産スタジアムのピッチに立ちたいと思ったことを、加入理由として語っています。
そして、その目標の一つだったプロ契約を16歳で実現。
これから実際にトップチームでどのような活躍を見せるのか期待が高まります。
スポンサーリンク三井寺眞が16歳でプロ契約した経歴がすごい
三井寺眞選手が全国的に大きく注目されるきっかけとなったのが、横浜F・マリノスとのプロ契約です。
2026年4月2日、横浜F・マリノスはユース所属の三井寺眞選手とプロ契約を結んだことを発表しました。
この日は三井寺眞選手の16歳の誕生日。
つまり、16歳0日でプロサッカー選手になったことになります。
横浜F・マリノスではクラブ史上最年少でのプロ契約となり、将来を期待される若手として一気に注目度が高まりました。
16歳0日で横浜F・マリノスとプロ契約
三井寺眞選手が横浜F・マリノスとプロ契約を結んだのは2026年4月2日です。
この日は三井寺眞選手の16歳の誕生日だったため、契約時の年齢は16歳0日でした。
横浜F・マリノスによると、これはクラブ史上最年少のプロ契約です。
クラブ側からも、スピードやパワーに優れ、攻撃の場面でアイデアを生み出せる選手として評価されています。
高校生になったばかりの年代で、J1の横浜F・マリノスとプロ契約。
それだけでも、三井寺眞選手に対する期待の大きさが伝わってきますね。
20以上のJクラブが注目した逸材
三井寺眞選手は横浜F・マリノスへ加入する前から、多くのクラブに注目されていました。
スポニチでは、20以上のJクラブによる争奪戦になったと報じられています。
これだけ多くのクラブから注目される中、練習参加などを経験して横浜F・マリノスへの加入を決めました。
横浜F・マリノス側もプロ契約発表時に「多くのクラブが競合する中」で三井寺眞選手がクラブを選んだことに触れています。
中学生の時点でそれだけ高く評価されていたと考えると、まさに将来を期待されてきた逸材と言えそうです。
世代別日本代表にも選出
三井寺眞選手はクラブだけでなく、世代別日本代表でも経験を積んでいます。
横浜F・マリノスの発表では、2025年にU-15日本代表とU-16日本代表、2026年にはU-17日本代表に選ばれた実績が紹介されています。
さらに2026年にはU-16日本代表として「U-16インターナショナルドリームカップ2026 JAPAN」に出場しました。
クラブでプロ契約を勝ち取るだけでなく、日本代表として海外の強豪国とも対戦している点は大きな経験になりそうです。
今後も世代別代表で結果を残せば、その先の日本代表を期待する声も増えていくかもしれません。
U-16日本代表では4ゴールの活躍
2026年6月に行われたU-16インターナショナルドリームカップでは、三井寺眞選手が大会4ゴールを記録しました。
JFAの公式記録を見ると、コートジボワール戦で1得点、フランス戦で1得点、アルゼンチン戦では前半に2得点を決めています。
特にアルゼンチン戦では28分と35分にゴールを決め、日本は4-1で勝利しました。
第一学院高等学校も、大会6連覇に貢献した三井寺眞選手の4ゴールを紹介しています。
世界の強豪国を相手に得点を重ねていることを考えると、攻撃面で期待されている理由も分かりますね。
スポンサーリンク三井寺眞のプレースタイルや背番号47の理由
三井寺眞選手の出身や高校と合わせて気になるのが、どんなプレースタイルの選手なのかという点です。
JリーグではMFとして登録され、背番号は47。
スポーツ紙では、推進力のあるドリブルや攻撃センスが特徴の左利きの選手として紹介されています。
さらに、憧れている選手は世界的なスター選手として知られるフィル・フォーデン。
実は背番号47にもフォーデンとのつながりがありました。
三井寺眞のポジションはMF
三井寺眞選手のJリーグでの登録ポジションはMFです。
横浜F・マリノスでは背番号47をつけています。
一方、2026年6月のU-16インターナショナルドリームカップでは、JFAの公式記録上でFWとして先発した試合もあります。
MFとして登録されながら、攻撃的な位置でもプレーできる選手だと分かりますね。
まだ16歳なので、これからプロで経験を積む中で得意なポジションや役割がさらに変化していく可能性もあります。
どのポジションで才能を伸ばしていくのかも、今後の注目ポイントになりそうです。
左利きでドリブルが武器
三井寺眞選手は左利きの選手です。
スポニチでは、推進力のあるドリブルや攻撃センスを持つレフティーとして紹介されています。
横浜F・マリノスもプロ契約発表の際、三井寺眞選手についてスピードとパワーに優れ、攻撃の局面でアイデアによって違いを生み出せる選手と評価しています。
U-16日本代表でも得点を重ねているため、自分でゴールを狙える攻撃力も魅力の一つでしょう。
プロの世界でさらに技術やフィジカルを磨けば、相手にとって怖い攻撃的な選手へ成長する可能性がありますね。
憧れの選手はフィル・フォーデン
三井寺眞選手が憧れているサッカー選手として名前を挙げているのが、フィル・フォーデン選手です。
スポニチによると、フォーデン選手のプレー動画をたくさん見て、ボールを持ったときの動きなどを参考にしてきたそうです。
三井寺眞選手とフォーデン選手には、左利きで攻撃的なプレーを得意とするという共通点もあります。
世界トップクラスの選手のプレーを参考にしながら、自分のスタイルを磨いてきたのでしょう。
三井寺眞選手が今後プロの舞台でどのような選手へ成長していくのか楽しみですね。
背番号47を選んだ理由
三井寺眞選手が横浜F・マリノスでつけている背番号は47番です。
この番号も、憧れているフィル・フォーデン選手と関係があります。
フォーデン選手もクラブで47番を背負っており、スポニチでは三井寺眞選手が同じ「47」を選んだことが紹介されています。
好きな選手と同じ背番号をつけてプロとしてのキャリアをスタートさせたわけですね。
三井寺眞選手自身は、プロ契約後の会見で早く横浜F・マリノスを代表できる選手になりたいという思いを語っています。
いつか「47番といえば三井寺眞」と言われるような存在になるのか、これからの活躍に注目です。
三井寺眞選手まとめ
今回は、三井寺眞選手の出身、高校、身長、読み方やサッカー経歴について紹介しました。
三井寺眞選手の読み方は「みいでら しん」で、2010年4月2日生まれの青森県出身。高校は第一学院高等学校に在学しており、現在の公式プロフィールでは身長174cm、体重65kgです。
小学2年生からサッカーを始め、Athletic Club 弘前、FCフォーリクラッセ仙台、横浜F・マリノスユースとステップアップ。
そして2026年4月2日には、16歳0日という若さで横浜F・マリノスとプロ契約を結び、クラブ史上最年少記録を更新しました。
世代別日本代表でもゴールを決めるなど、すでに大きな期待を集めている三井寺眞選手。
これからJリーグでどんな活躍を見せてくれるのか楽しみですね。
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